10年後の記憶に残る時間にしたい―― 小学校とファミレスの共同プロジェクトから、街と店の新しい関係性を探る。
インタビュイー:黒須田小学校 主幹教諭 迎田悠祐先生
2020年7月、黒須田小学校5年2組のお子さんから、「100本のスプーン」へ1本の電話がありました。そこからはじまった、黒須田小学校5年2組×「100本のスプーン」による、『あざみ野 チアアッププロジェクト』。約8か月にわたるこのプロジェクトは、小学校の授業科目である「総合的な学習の時間(以下、総合の時間)」を使って取り組んできましたが、改めて日ごろから児童たちと向き合い彼らの未来を見据える担任の迎田先生にとって「総合の時間」をどう捉えているのか、また本プロジェクトを通して感じたことなどインタビューさせていただきました。
また、「はじめてに触れて、はじめてが楽しみになる」そんな瞬間を提供したいという想いで日々運営している「100本のスプーン」が、黒須田小学校の児童たちとプロジェクトを進める中で感じたこと、街に根付くレストランとしての役割、提供したい価値について、先生とのお話の中から手繰り寄せていきたいと思います。
(インタビュアーは、プロジェクトを一緒に推進してきた、100本のスプーン ブランドマネージャーの宮川大、100本のスプーン AZAMINOのサービススタッフ 阿曽沼彩香です)
10年後の記憶に残すための「本物体験」と「背伸び体験」
宮川:迎田先生、本日はよろしくお願いします。さっそくですが、改めて「総合的な学習の時間(以下、総合の時間)」について教えていただけますか?
迎田先生:ほかの教科には教科書があり、指導内容が決まっていて、教師はそれに沿って指導すること多いですが、「総合の時間」には教科書がありません。教科書を子どもたちと教師で作っていく。やることも子どもたちが決めます。学年全体で同じ活動内容で「総合の時間」を実施している学校も多いですが、私はクラス単位で取り組む方がより児童の思いに寄り添ってあげられることが増えるので好きですね。
宮川:プロジェクトをご一緒させていただく中で、先生があれだけのエネルギーを注いでいるということに驚きました!迎田先生は、総合の時間を子どもたちにとってどんな時間にしたいと考えていますか?
迎田先生: 一番大事だなと思うのは、「10年後の記憶に残っている時間にしたい」ということです。実際、小学校のときの国語や算数の授業って、覚えてます?(笑)。私自身、覚えていることって クラスの友人たちと騒いでいて先生に怒られたことだったり、そういう記憶なんですよね。
心が動いたことしか長期記憶には残らないので、10年後、「迎田先生とあれやったな~」とか、あざみ野ガーデンズに来たときに「この公園、俺が作ったんだなよ~」なんて、思い出してくれたら嬉しいですね。
そのためにも本物体験をさせたいなと思っています。 校内で調べたことをまとめて発表するというようなものももちろんいいですが、せっかくだったらダイナミックにやっていきたいと思っています。企業の方や地域の方、職人さんなど、先生ではないオトナに関わってもらうと心が動くのかなと思っていて。同じことを言われるにしても、誰から、どんなシチュエーションで言われるかによって、伝わり方は変わるので、できる限り本物に触れさせたいなと思っていますね。
もう一つは、背伸びをさせたいと思っています。 小学校の学習内容って、5年生にはこのくらいがちょうどいいよね、という内容でプログラムされている。でも、総合の時間はせっかくだからちょっと身の丈にあってないことをさせたいんです。背伸びすると成長するじゃないですか。子どもたちにとっては、今回のプロジェクトのようなことって背伸びでしかないと思うんですよね。店長さんに アポイントの電話をしてみたり、デザイナーさんやシェフとディスカッションしたり。
宮川:はじめてお店に電話してきたとき、代表の子の声が震えてましたもんね!まさに背伸びしてますよね。
迎田先生:デザイナーや農家の方とか、いろんな方に関わっていただき、実際に自分たちが考えて、動いたことで変わっていく――たとえば、メニュー開発だとか、新たに畑に花壇を創ったりだとか、学校の中では成し得ない背伸び体験だなと思っています。
宮川:背伸び体験が人を成長させるというのは、社会人でもまさに同じですね。
迎田先生:あの子たちが社会に出て仕事に就いたときに、今回のエッセンスは残っているんじゃないかなと思うんですよね。
阿曽沼:いざ将来を考えるときって、やはり知っている仕事、職業からしかイメージもわかないし、選択肢に入りにくいと思うと、今回シェフやデザイナー、農家さんなどいろんな仕事をしているオトナに触れてもらったことで、将来の仕事選びにも何かしらの影響があるかもしれないですね。ファミリーレストランでありながら、そんな機会を創れていたら、とてもうれしいです。
総合の時間はRPGを作るようなもの。
コントローラーは子どもたちに持たせて自走させる。
宮川:「本物」という言葉の背景には、「外の世界」という意味合いも含まれているんですね。
迎田先生:そうですね。私、年度の最初に地域を散歩するようにしているんですね。街に“学びの材”になるものはないかな~と探しに行くんですが、世界って学びに満ちているじゃないですか。まずは担任がそれをキャッチして、気づかせるきっかけを作らなくてはいけないんですよね。
宮川:自分が子ども一号になるわけですね。
迎田先生:そうです。そこですごく大事なのは、担任である自分がテンションが上がるかどうか。自分が魅力を感じないことは、絶対子どもたちも魅力を感じないんです。総合の時間は、 RPG(ロールプレイングゲーム)を作るようなイメージでいます。途中で中ボス、大ボス、救世主が現れたり。児童がどんなことに関心を抱き、どんなことで悩み、どう解決するのか、予想して「しかけ」をつくるんです。ただし、主人公は子どもたちですから、コントローラーは子どもたちに持たせたい。担任の役割は活動のフレームをつくってあげることだと考えています。このフレームの中でどう歩みを進めていくか、学んでいくかは子供たちにコントローラーを持たせたいので、できる限り口出ししないようにしています。そうすると勝手に動き出すんですよね。
全校生徒へのアンケートを取るために校長先生への許可を取りに行くのも子どもたちがやっていますし、そのアンケートを印刷するにもお金がかかるので、事務の方に許可を取ったり、すべて子どもたちがやっています。
宮川:子どもたちが店舗に来てくれて、「公園で何かやらせてほしい」と相談をしてくれましたが、「具体案をもってきてくれないと判断できないよ」と店長が伝えたんですよね。中ボス的な役割でしたね。
迎田先生:あれはめちゃくちゃ効きましたね。そこからみんなでしっかりアイデアを出して、プレゼンしようっていう流れになったので。
宮川:先生から事前に「簡単には許可しないでください。」というご連絡をいただいてましたもんね。そういう部分で、さきほど先生が仰っていたのフレームを作る作業を、僕らも一緒にやらせていただいていたんですね。
迎田先生:そのとおりです(笑)。大人にプレゼンするなんて、あんな背伸び体験ないですよね。なかなか5年生でパワーポイントの資料を作ったりしないですよね。クラスみんなで、なんとか 1 つの案だけでも通すぞ!と意気込んでました。
プレゼンはすごく大事にしていて、国語の授業でよくやらせるんです。これから必要になってくる力だと思うんですよね。国語、算数、理科、社会ができます、だけでは生きていけないと思うので、ロジックやコミュニケーション能力、プレゼンテーション能力、課題解決能力、柔軟な対応力とか、そういうものをなんとか身につけさせたいなと思っています。今回のプロジェクトはすごくいいチャンスでした。
宮川:実際、僕らもあのプレゼンに心を動かされました!どのチームもフィールドワークして、問題・課題・解決策を考えていて。思わずわれわれも、子ども扱いしない質問を投げかけてしまいましたからね(笑)。「その企画、どうやったらお客さまに伝わるかな?」とか。もはや小学生というよりも、完全にプロジェクトパートナー目線でした。
迎田先生:それがとてもよかったですし、難しい質問をされても、一度も私の方に助けてほしいという目を向けず、自分たちで考えて質問に回答する姿が、本当に頼もしくて素晴らしかったですね。準備のときはいくらでも助けてあげるけど、本番は君たちの力でやり通せっていう話をしていたので。私の存在を忘れてたんじゃないかな~と思うくらい(笑)。それはすごくいいことなんですよね。
阿曽沼:みなさん、プレゼンがとても上手でしたよね。プレゼンの資料作成や発表の仕方などは教えるんですか?
迎田先生:プレゼン方法まで総合の時間でやろうと思うと時間が足りなくなってしまうので、国語や算数の授業の単元を入れ替えて、プレゼンに使えるようなグラフや表づくりの単元を先にやったりしました。そうすると子どもたちも積極的に取り組んでくれるんですよね。
宮川:そうやって、他の教科の授業の内容を総合の時間でリンクさせていくんですね。プロジェクトの中で必要になることを学んでいくと、深く吸収できそうですよね。
迎田先生:宮川さんのお金の授業もよかったです。日本の小学校における金融教育って、社会科と家庭科で一部カリキュラムが設定されているものの、十分だとは言えないなぁと感じていたんです。だから、あのようにレストランにおけるお金の流れや仕組みを教えてもらえたのは非常にいい勉強になりました。やはり同じ内容を私から話すのと、レストランを運営している宮川さんから聞くのでは、全然違うので。
宮川:そうやってRPG のフレームを作り、武器(プレゼン力や知識など)を与えていくことで、実際、子どもたちは勝手に動き出しましたか?
迎田先生:そうですね。放課後、自主的に子どもたちは店舗に足を運んで草むしりしたり、畑の水やりをしてましたね。最近は、特に活動がなくても、ここを待ち合わせ場所にしたりしているみたいですね。私から店舗に行ってきなさい、とか一度も言ったことないですし。
阿曽沼:以前学校に伺ったときに、「いつでもお店に遊びに来てね」と伝えたら、その日の放課後からさっそく来てくれました。みんなが来てくれるようになって、お店に新しい活気が生まれました。
迎田先生:さやかさん(阿曽沼さん)に会いたいからいくっていう子もいるんですよね。だから、さやかさんがお休みの日はとてもさみしそうで。
阿曽沼:そう言ってもらえるととっても嬉しいです。私はスマイルズに入社したときから、街とお店との関係性や、子どもとお店とのつながりが作れるような仕事ができたらいいなと思っていたので、今回のプロジェクトはその第一歩になりました。
学ばせどころをつくるための、“ちょうどいい失敗”が大事。
迎田先生:学ばせどころをつくるには、失敗は大事なんですが、大失敗はよくないんです。リカバリーできるくらいの失敗をさせてあげるのが大事で、そのさじ加減がむずかしいんですよね。
宮川:深いテーマかもしれないですね。最初のプレゼンで、10チームのうち半分は選ばれなかったわけで、それを失敗と感じる子もいたかもしれないですよね。プレゼンで選ばれなかったチームのフォローはされたんですか?
迎田先生:あのプレゼンに向かう前に、「これはクラスとしてのプレゼンだからみんなで企画を1本通すぞ」と伝えていたんですよね。もちろんがっかりしていた子もいましたが、それよりも5本通ったという喜びの方が大きかったと思いますね。
単元がおわったときに、苦労話を話せればいいなと思っていて。あのとき大変だったけど、私たち休み時間も頑張ったよね~とか。実際、今日も終わっていない作業を、給食当番が準備している裏で作ったりしていましたね。
迎田先生:総合の時間ってミクロの世界を深堀っていくのが面白いんですけど、それを一般化することも大事で、このお店でこういうことが行われているということは、別のお店でも行われているんだな~って気づけると思うんです。そうやって子どもたちの世界や視野が広がっていくというか。
宮川:実際広がっているんでしょうね。自分が作った公園ってなると、誰がどんな過ごし方をしているかが気になりはじめる。そういう経験を通じて初めて身に着ける感覚なんでしょうね。
勉強と休み時間の間、学校と家庭の間で「夢中になれる体験」が与えるもの。
阿曽沼:先生から見て、この 1 年間の子どもたちの変化や成長をどう感じていますか?
迎田先生:アウトプットする力でしょうか。あとは、自分たちで見つけた課題を自分たちで解決していくという意識はついたと思います。人前で話すことが苦手な子が勇気を出して店長さんに交渉したり、おとなしい子がチームリーダーをやって、その子らしいアプローチでチームを引っ張っていってくれたり、31 人一人ひとりのストーリーがあって、それぞれに成長したと思います。その瞬間に立ち会えることが担任としての幸せなんですよ。
あとは勉強と勉強じゃないものの境目はなくなった感じはありますね。これを勉強だとか、授業だとは思っていなかったと思います。だからあれだけ夢中になっていたと思います。休み時間と勉強の真ん中にあるようなもの。学校と家庭の間にあるようなもの。なんか、そういう感覚だと思います。
宮川:なるほど。学校でも家もないところにいるときの自分って、社会の中のワタシになるわけですね。
迎田先生:ちょっとしたオトナな気分なのかもしれないですね、きっと。 スタッフの皆さんが真剣に打ち合わせしている様子を子どもたちも見ていましたし、同様に、子どもたちも学校で議論を重ねて、ちょっと皆さんの仕事に近いようなこともやっているような感覚というか、それをままごとではなく本気で取り組める幸せって、ないですよね。
阿曽沼:このプロジェクトを振り返って、大変なことはありましたか?
迎田先生:大変だったことはないですね。うれしいことばかりで。他の教科がやりにくいということですかね(笑)。子どもたちにとっては総合の時間が楽しくて、そればかりやりたがるので。
子どもたちは、今回のプロジェクトにおいてすべて自分たちが仕掛けたと思っていて、すべて自分たちの成果だし、その代わり失敗も自分たちの責任。それが大事だなと思っています。
宮川:それを子どものころに経験できるというのはとても貴重ですね。僕たちが社会人になって初めて経験しているようなことなので。自分たちで企てて、チャレンジして、成功も失敗も経験する。「自分ごと」だからこそ、丸っと自分の財産になる。そういった経験を、100 本のスプーンという場が提供できたとすれば、本当に意義のある取り組みですし、今後もトライしていきたいですね。
<<子どもたちがチアアッププロジェクトを通して自分が成長したと感じたこと(一部、抜粋)>>
ぼくは、チアアッププロジェクトを通して変わったことがあります。それは、何かを提案するときに、メリットだけでなくデメリットまで考えるようになったことです。自分がよいと思ったからやるではなくて、ちゃんとメリット・デメリットまで考えないと、その提案が通りません。僕の企画は通らなかったのですが、通らなかったおかげでそのことに気づくことができたし、違う場面でも意識して考えることができるようになったので、成長したと思います。
私が、チアアッププロジェクトでは成長したことは、自分が考えたことをすぐに行動に移すということです。授業で100本のスプーンに行ったとき、私たちグリーンクリエイターが活動する場所は雑草が多く、授業時間では足りないと思いました。早速、放課後友達を誘い、雑草ぬきにいきました。今までの私だったら、「だれかがやってくれるだろう」と考え、行動にうつさなかったと思います。でも、コロナで元気のない黒須田のまちを盛り上げたいと思い、友達をさそって行動に移すことができました。私の考えを理解し、手伝ってくれた友達への感謝を忘れずにいたいです。
ぼくは、植物プロジェクトやグリーンクリエイターのリーダーでした。プレゼンのパワーポイントをつくるのが遅れていたので、中休みや昼休みも使ってなんとか終わらせました。また、種まきの下準備のために休日に100本のスプーンに行って、小泉さんと土おこしをしたり、看板の位置を決めたりしました。僕たちのこの活動で、少しでもお客さんが増えたらいいなと思います。このチアプロで、リーダーとしての責任感や最後までやり通すことの大切さを学びました。6年生になって生かしていきたいです。
私が今年の黒トラ(総合)で一番身に付いたことは、「チームのみんなの話を聞き、まとめる力」です。私は、「完成の良さばかり求めてはだめ。もっとみんなに寄り添って。そしたらみんなも協力してくれるから。」ということを意識し、リーダーとして活動しました。しめきりがせまる中でも、あせらずにみんなの話を聞くことで、チームのみんなから信頼を得られるよう努力しました。初めは、2チーム総勢10名をまとめることにとまどいもありましたが、よい経験になり、今年の黒トラに大満足です。
ぼくは、チアプロで2つのことを学びました。一つは、100本のスプーンの宮川さんに「お金の話」をしてもらって、改めてお金の大切さを学びました。お金をかせぐことは簡単なことではないことを知り、自分のお小遣いやお年玉も一度に使わず大事に使おうを思いました。2つ目は、真剣に向き合うことの大切さです。100本のスプーンは、子どもが相手でお店の利益が出るかも分からないのに、しっかり向き合ってくれました。ぼくも将来、どんな相手でも真剣に向き合いたいとおもうようになりました。
私が、チアプロを通して学んだことは、「何事も挑戦しなければ始まらない」ということです。チアプロだって、だれかが「やっぱりこんなに大きな仕事は無理だ」と言っていたら、今のような結果にはなれていなかったでしょう。私は、恐れを生きる人ではなく、自らの夢を生きる人になりたいと思いました。
私は、チアアッププロジェクトで人に頼ることが上手になりました。私は、人に頼るのが苦手で、かかえこんでしまうくせがあります。でも、チームのみんなが「どうしたの?」「大丈夫?」と聞いてくれたり、100本のスプーンの方から優しくしてもらって、一人で抱え込むことがなくなり、困ったら友達に聞くことができるようになりました。そして、次は、私がたよられる人になりたいと思っています。チアプロをやってよかった!このチームに入れてよかった!